グロインペイン症候群(鼠径部痛症候群)完全ガイド:慢性鼠径部痛の原因/判断の難しさ/治療戦略/予防のコア・股関節トレーニング
グロインペイン症候群(鼠径部痛症候群)は、サッカー選手に多い「慢性的な鼠径部周辺の痛み」を総称した概念です。 いわゆる“同じ場所が痛い”ように見えても、実際には複数の組織(内転筋・腹筋/鼠径管周辺・股関節・恥骨結合など)が絡み合い、 痛みの出方や原因が人によって大きく異なるのが特徴です。 そのため、診断・判断が難しく、治療(負荷調整+リハビリ)も「一発で治す」より、原因仮説を立てて段階的に修正していく戦略が必要になります。
1. グロインペイン症候群とは(“病名”というより“状態の総称”)
鼠径部痛は、単一組織の炎症だけで説明できないことが多く、複数の要素が重なることで慢性化します。 典型的には、キック、方向転換、加速・減速、切り返し、ストップ動作などで痛みが出やすく、 練習の質・量を上げた時期や、連戦、疲労蓄積のタイミングで発症しやすい傾向があります。
2. 慢性的な鼠径部痛の主な原因(よく出る“カテゴリ”)
鼠径部痛は、どこが“主犯”かを見極める必要があります。以下はサッカー選手で遭遇頻度が高い代表カテゴリです。
| カテゴリ(主な痛み源) | 起きやすい負荷・背景 | 痛みの出やすい動作 | 現場での特徴 |
|---|---|---|---|
| 内転筋(Adductor)由来 | 急な走行量増、切り返し増、キック量増 | インサイドキック、方向転換、サイドステップ | 内ももの付け根に圧痛、内転筋の収縮で増悪 |
| 腹筋・鼠径管周辺(Inguinal)由来 | 体幹の制御不足、反復する捻り・伸展 | ダッシュの腕振り+体幹回旋、シュート動作 | 鼠径部の深部痛、咳・いきみで違和感が出る例も |
| 恥骨結合周辺(Pubic)由来 | 左右の筋バランス不良、長期の反復負荷 | 長距離走、切り返し、連日の高負荷 | 恥骨付近の鈍い痛み、左右どちらにも波及しやすい |
| 股関節関節内(Hip joint)由来 | 股関節可動域制限(特に内旋)、FAIなど | 深い屈曲+内転+内旋(しゃがみ込み系) | 鼠径部前方の痛みだが“股関節”が原因のことがある |
| 神経・腰椎由来(鑑別) | 腰椎機能低下、神経の滑走不良 | 姿勢で変動、走り始めで違和感 | しびれ感・放散痛・左右差が強い場合は要注意 |
3. 判断の難しさ(なぜ“治りにくい/再発しやすい”のか)
グロインペインは、以下の理由で判断が難しくなります。
- 痛みの場所が近い:内転筋・腹筋・恥骨・股関節は解剖学的に密集しており、自己申告だけでは切り分けにくい。
- 複合損傷が多い:主原因が内転筋でも、股関節可動域制限やコアの弱さが同時に存在しやすい。
- “痛みが出る動作”が共通:キック・切り返し・加速など、どのカテゴリでも痛みが出やすい。
- 負荷の波で症状が変動:休むと軽くなるが、強度を上げると再燃する(慢性化の典型パターン)。
- 画像=原因とは限らない:MRI等で所見があっても、症状の主因と一致しないことがある(総合判断が必要)。
4. 評価の基本方針(現場での“仮説→検証”)
スポーツ現場では、次の順で整理すると迷いにくくなります。
| ステップ | 目的 | 具体的に見る点 | 結果の使い方 |
|---|---|---|---|
| ① 痛みの地図化 | 痛み源の候補を絞る | 圧痛点(内転筋付着部、鼠径部、恥骨、股関節前面) | “どのカテゴリが濃いか”の仮説を立てる |
| ② 誘発テスト | 負荷の種類を特定 | 内転の収縮、腹圧、股関節の可動域終末、片脚支持 | リハの主軸(内転・コア・股関節)を決める |
| ③ 動作観察 | 根本原因(フォーム・制御)を掴む | カット、減速、キック時の骨盤・体幹・股関節 | “再発する動き方”を修正ターゲットにする |
| ④ 負荷履歴 | オーバーユース要因の抽出 | 走行量、スプリント本数、キック量、連戦、人工芝 | 負荷コントロール(減らす/配分を変える)に反映 |
5. 治療戦略:核は「負荷コントロール × 段階的強化 × 動作の再学習」
グロインペインは、単に“痛い場所を治す”ではなく、痛みを生む負荷構造を再設計する必要があります。 重要な柱は以下です。
5-1. 負荷コントロール(休むより“設計する”)
- 痛みが跳ね上がる要素を一時的に削る:全力スプリント反復、強い切り返し、強シュート反復など。
- 代替負荷で“落とし過ぎない”:直線ジョグ、自転車、プールなどで心肺と基礎体力を維持。
- 翌日の反応で調整:練習中だけでなく、翌朝の痛み(張り・違和感)を重要指標にする。
5-2. 内転筋の戦略的強化(特に“等尺性→エキセントリック→競技負荷”)
内転筋由来が疑われるケースでは、痛みを暴れさせずに筋出力を戻すことが重要です。 典型的には、まず等尺性(動かさず力を出す)で痛みを抑えつつ出力を作り、 次にエキセントリック(伸ばされながら力を出す)や可動域を使う強化へ進めます。
| 段階 | 目的 | 代表メニュー例 | 進行の目安 |
|---|---|---|---|
| Step 1:等尺性 | 痛みを増やさず出力確保 | ボール/クッションを膝で挟んで内転(短時間反復) | 実施後〜翌日で悪化しない |
| Step 2:可動域+低負荷 | 筋持久力・制御 | サイドランジ軽負荷、チューブ内転 | 動作中の痛みが軽度で収まる |
| Step 3:高負荷(エキセントリック含む) | 競技強度への耐性 | Copenhagen系(段階式)、スライド内転 | 左右差が縮小、翌日反応が安定 |
| Step 4:競技統合 | 走る・切る・蹴るへ | 減速→カット→キック強度を段階的に増加 | 高強度でも痛みが再燃しない |
5-3. コア(体幹)と骨盤制御:鼠径部は“体幹の端っこ”で起きる
鼠径部は、内転筋(下肢側)と腹筋群(体幹側)が骨盤に集まる“力の交差点”です。 体幹と骨盤の制御が弱いと、キックやターンで骨盤がブレ、鼠径部周辺にストレスが集中しやすくなります。 したがって、局所(内転筋)だけでなく、コアと股関節の協調を同時に作るのが治療戦略として合理的です。
5-4. 股関節の可動域と筋バランス(特に内旋制限・屈曲制限)
股関節の可動域が足りない選手は、ターンやキックで股関節で逃がせず、骨盤や鼠径部に負担が集まりやすくなります。 モビリティ(可動性)と、臀筋群(外旋・外転)や腸腰筋などの働きを再構築し、動作の“逃げ道”を作ることが重要です。
6. リハビリ計画(サッカー復帰までの流れ)
復帰は「休んだら治る」ではなく、段階を踏んで競技負荷に戻します。 重要なのは、各段階で痛み(当日)と翌日反応をチェックし、戻し過ぎないことです。
| フェーズ | 主目標 | できること | 次へ進む条件(目安) |
|---|---|---|---|
| Phase 1:鎮静・再構築開始 | 痛みを落ち着かせる | 負荷調整、等尺性内転、コア基礎、股関節モビリティ | 日常動作で増悪しない/翌日反応が安定 |
| Phase 2:基礎筋力・片脚安定 | 骨盤制御と下肢出力 | 片脚支持、臀筋・ハム強化、内転の可動域強化 | 片脚動作で痛みが再燃しない |
| Phase 3:ランニング導入 | 走行負荷へ | 直線ジョグ→テンポ走(切り返しはまだ抑える) | 走後〜翌日の痛みが増えない |
| Phase 4:減速・方向転換 | サッカー特異負荷 | 減速ドリル、カット(角度と回数を段階的に) | カット後に痛みが残らない/翌日OK |
| Phase 5:キック統合 | キック負荷の再導入 | パス→ミドル→強シュートへ段階的 | 強度を上げても再燃しない |
| Phase 6:対人・試合復帰 | 実戦強度 | 対人→ゲーム形式→試合 | 高強度+翌日反応まで安定 |
7. 予防トレーニング:コア・股関節・内転筋を“チームで回せる形”にする
予防の基本は、鼠径部に集中しがちな負荷を、体幹と股関節で分散できる身体にすることです。 実務では、ウォームアップに組み込みやすい短時間メニューを週2〜3回継続するのが最も効果的です。
| 狙い | 種目例 | 実施のコツ | よくある失敗 |
|---|---|---|---|
| 内転筋の耐性 | Copenhagen系(段階式)/チューブ内転 | 痛みゼロ〜軽度でコントロール、段階的に強度UP | いきなり高難度で再燃 |
| 骨盤・体幹の安定 | デッドバグ/プランク/サイドプランク | 肋骨と骨盤の位置関係を崩さない | 腰が反る、呼吸が止まる |
| 臀筋(外転・外旋) | クラムシェル/モンスタウォーク/片脚ヒップヒンジ | 膝が内に入らないフォームを徹底 | 回数だけ増やしてフォームが崩れる |
| 股関節モビリティ | 90/90、股関節内外旋ドリル、腸腰筋ストレッチ | “可動域を出す”より“使える可動域にする” | 痛い方向へ無理に押し込む |
| 減速・切り返し技術 | 3歩減速、ブレーキ→静止、低角度カット | 股関節でブレーキ、骨盤ブレを最小化 | 減速が浅く膝・鼠径部に負担が集中 |
8. 復帰後の注意点(再発防止の実務)
- 痛みが消えても“負荷の戻し方”で再発する:切り返し量・キック強度は段階的に。
- 連戦期は予防を減らさない:疲労が強いほど骨盤制御が崩れ、鼠径部負担が増える。
- 翌日反応を必ず見る:当日OKでも翌朝に違和感が強いなら負荷過多。
- 左右差の放置は危険:内転筋・臀筋の出力差、股関節可動域差が再発の土台になる。
9. 医療機関での評価を急ぎたいケース
- 痛みが強く、歩行や日常動作に支障がある
- しびれ・放散痛がある(神経由来の可能性)
- 股関節の引っかかり感が強い、可動域制限が顕著
- 数週間の負荷調整とリハビリでも改善が乏しい
まとめ
グロインペイン症候群は、慢性的な鼠径部痛をまとめた概念で、内転筋・腹筋/鼠径部・恥骨結合・股関節など複数要因が絡むため判断が難しいのが特徴です。 治療の核は、負荷コントロール(やめるではなく設計する)と、内転筋・コア・股関節の段階的強化、そして減速・切り返し・キックの動作再学習です。 予防としては、コアと股関節の安定性、内転筋の耐性をウォームアップに組み込み、週2〜3回で継続することが最も現実的な解決策になります。
※本記事は一般的な情報提供であり、確定診断や治療方針は医療機関の評価に基づきます。痛みが長引く場合は整形外科・スポーツクリニック等へ相談してください。