ウエイトトレーニング中の呼吸法とその科学的背景
筋トレ指導の現場では、「力を入れるときに吐く」「戻すときに吸う」といった呼吸の指示がよく使われます。 しかし、なぜそのように呼吸するのか、血圧・酸素供給・フォーム安定性まで踏み込んで理解している人は多くありません。 ここでは、挙上局面(コンセントリック)と下降局面(エキセントリック)の呼吸法について、科学的背景を整理します。
1. 基本の呼吸パターン:挙上時は「吐く」、下降時は「吸う」
一般的な筋力トレーニングでは、以下の呼吸パターンが推奨されます。
| 局面 | 動作の例 | 筋収縮タイプ | 基本の呼吸 |
|---|---|---|---|
| 挙上局面 | ベンチプレスでバーを押し上げる/スクワットで立ち上がる | コンセントリック(短縮性収縮) | 口から吐く(息を吐きながら力を出す) |
| 下降局面 | バーを胸に下ろす/しゃがみ込む | エキセントリック(伸張性収縮) | 鼻や口から吸う(コントロールしながら空気を取り込む) |
このパターンには、血圧の急上昇を抑える・酸素供給を確保する・フォームを安定させるという3つの狙いがあります。
2. 呼吸と血圧の関係
2-1. 息こらえ(バルサルバ法)が血圧に与える影響
高重量を持ち上げるとき、無意識に息を止めて踏ん張ることがあります。 これはバルサルバ法と呼ばれ、胸郭内圧(胸の中の圧力)と腹圧が急激に高まる状態です。
- 一時的に収縮期血圧(上の血圧)が非常に高くなる(場合によっては300mmHg近くまで上がることも報告されています)。
- 心臓や血管に持病のある人にとっては、リスクとなり得る呼吸法。
- めまい・頭痛・失神感の原因になることもある。
そのため、一般のトレーニーや健康維持目的の人には、不要な息こらえを避けることが基本方針になります。
2-2. 「吐きながら挙上」が血圧反応をマイルドにする理由
挙上局面で息を吐くことで、
- 胸郭内圧の過度な上昇を抑え、血圧のスパイク(急上昇)をある程度緩和できる。
- 交感神経の過度な興奮を抑え、緊張しすぎによるフォームの乱れを防ぎやすくなる。
心血管リスクの観点からも、「挙上時に吐く・下降時に吸う」というパターンは、 安全性と筋力発揮のバランスがとれた呼吸法といえます。
3. 呼吸と酸素供給・パフォーマンス
3-1. 一呼吸で支えられる時間とセット構成
適切に呼吸をしながらトレーニングを行うことで、 筋肉に十分な酸素とエネルギー基質(ATP・クレアチンリン酸・糖質など)を供給しやすくなります。
- 高レップ(12〜15回以上)やスーパーセットでは、呼吸が止まると早期に息切れ・乳酸蓄積によるバーン感が強くなり、フォームが崩れやすい。
- リズミカルな呼吸を維持することで、持久的な筋持久力・セット全体の質を高く保ちやすくなる。
3-2. 中枢性疲労への影響
酸素供給が不足すると、筋そのものだけでなく、中枢神経系(脳・脊髄)レベルの疲労も高まりやすくなります。 適切な呼吸は、集中力・動作の正確性・反応速度を維持するうえで重要な要素です。
4. フォーム安定性と腹圧のコントロール
4-1. 腹圧と体幹安定性
高重量スクワットやデッドリフトでは、体幹(コア)の安定性が安全性とパフォーマンスに直接影響します。 呼吸と連動して腹圧を高めることで、
- 脊柱(特に腰椎)を安定させ、前屈・ねじれ・過伸展のリスクを減らす。
- 力の伝達ロスを減らし、下半身から上半身への出力を効率よくバーに伝えることができる。
4-2. 「軽いバルサルバ」と「完全な息こらえ」の違い
高重量の1RM付近を扱うパワーリフターなどは、意図的にバルサルバ法を使い、 一時的に強い腹圧をかけて脊柱をロックするテクニックを使います。 ただし、これは競技としてのリフティングにおける上級者向けのテクニックです。
- 一般トレーニーにとっては、「完全に息を止める」のではなく、 「軽く息を詰めて腹圧を作りつつも、挙上局面で少しずつ吐いていく」イメージが安全です。
- 完全な息こらえは、前述のように血圧スパイクのリスクがあるため、 心血管系に問題がある人には推奨されません。
5. 実践的な呼吸のステップ
5-1. ベーシックな呼吸テンポ
代表的な例として、ベンチプレス・スクワットの呼吸ステップを示します。
| 種目 | 局面 | 動作 | 呼吸 |
|---|---|---|---|
| ベンチプレス | 下降 | バーを胸まで下ろす | 胸郭を広げながら息を吸う(軽く腹圧を意識) |
| ベンチプレス | 挙上 | バーを押し上げる | 力を込めながら息を吐く(完全に吐き切らず、動作終盤までコントロール) |
| スクワット | 下降 | 腰を落としてしゃがむ | 上で吸う → しゃがむ間は軽く息をキープして腹圧を使う |
| スクワット | 挙上 | 立ち上がる | 立ち上がりながらゆっくり吐く(トップで再度吸う) |
5-2. セット中に意識すべきポイント
- 「動作のリズムに合わせて呼吸のリズムを作る」ことが最重要。
- 1回ごとに「吸う→吐く」を繰り返し、呼吸を置き去りにしない。
- セットがきつくなるほど呼吸が荒くなるのは自然なので、それでも止めないこと。
6. ケース別の注意点
6-1. 高血圧・心血管リスクがある場合
- 医師の許可を前提とし、最大筋力付近の高重量・低レップトレーニングは避ける。
- 息こらえを徹底的に避け、軽〜中程度の重量で呼吸を優先したフォームを重視。
- リズミカルな呼吸とゆっくりした動作テンポで、自律神経の過度な興奮を抑える。
6-2. パフォーマンスを最大化したいアスリート
- コーチやトレーナーの指導のもと、競技としてのバルサルバ法・腹圧コントロールを学ぶ価値はある。
- ただし、それでも「必要な局面に限定して使う」ことが重要で、常に息こらえ状態で行うべきではない。
7. まとめ
- 基本ルール:挙上時に吐き、下降時に吸う。このパターンは血圧・酸素供給・フォーム安定性のバランスが良い。
- 血圧:息こらえは腹圧を高める一方で、血圧スパイクのリスクを伴うため、一般トレーニーには乱用すべきではない。
- 酸素供給:リズミカルな呼吸は、筋・脳への酸素供給を維持し、セット全体のパフォーマンスと集中力を支える。
- フォーム安定性:腹圧と呼吸を連動させることで、体幹が安定し、安全かつ効率的に力を発揮できる。
呼吸は「なんとなく」ではなく、意図的に設計すべきトレーニング変数のひとつです。 重量・回数・セット数だけでなく、「この種目ではどのように呼吸するか」を言語化しておくことで、トレーニングの質は一段階レベルアップします。